vol.2
いつもの姉らしからぬおかしな行為の連続に、花道は笑い転げていた。
目の前にある新聞を捜しまくる。
空になったカップに気づかずなんとも口に運んでは、『いつの間に?』という仕草を繰り返す。
こんな姉も面白いのだが、いい加減待ち人が現れないと明日腹筋の筋肉痛で堪らないと花道が玄関の方へ視線を向けると
”ピーンポーン”
実にタイミングよくチャイムが鳴った。
「は・花」
緊張しきった姿勢で、勢いよく立ちあがる穂花に花道はクスクス笑いながら
「ねぇちゃん、まず、返事だろ返事。不在と思われんだろ?」
「そ・そうね。は・はぁぁぁい」
返事が早いのか、玄関に走り出すのが早いのか、あっというまに姉の姿がリビングからなくなり、花道はあ然としながらも、姉のはじめてみる恋する女性としての一面に少し羨ましいと思うようになっていた。
「可愛いなねぇちゃん」
実は、姉にはナイショだが、花道は男性と付き合ったことはある。
現在形で、今も付き合っている人がいるのはいる。
だが、 『恋』 はしたことがなかった。
相手に会いたくて、会いたくて、恋焦がれるような、そんな熱い感情に苦しめられたこと1度もない。
「だからだろうな・・・永く続かね-のは・・・」
呟くように出た言葉は花道の本音。
相手に請われて付き合うものの、ある期間が過ぎると、皆、口を揃えて
『君は僕にもったいないよ。』
と花道を褒め称えるような言葉の中に、感情のない『人形』はいらないと言われているような気がした。
多分、これは花道の思い過ごしではないはず。
今付き合っている彼からももう連絡はあまりない。
今までの経過と変わらない道どりをたどりつづける『恋人』達。
姉が言った言葉が小さな刺となり、花道の心の底で痛みを訴える。
『仙道さんと口付けすると、頭がポーっとなって、もう、何も考えられなくなるの・・・』
頬を染めながら話す穂花に花道が
『センド-さんがうめーんじゃねーの?』
茶化すように言うと
『ん・・・・4分の1はそうかもしれないけど、あとの4分の3は恋の威力よね?』
”好きな人から受ける口付けは最高なの”そのうち初心な花にもわかるわ?
と何も知らない穂花は花道の肩を叩きながら微笑んだ。
多分、もう、二人は『他人』じゃないのだろうと花道は思う。
早ければ年内に『おばさん』になるかもしれない。
「それもいいかもしれねー」
未だ産まれていない命だったが、それでも、二人にとって血の繋がりが増えるというという予感に、花道はようやく、固い感情から解放されることができた。
「ねーちゃんみたいに、俺もいつか『恋』を知ることができるよな?」
手元で仙道を歓迎する花道特製の料理を並べながら、花道が笑っていると
「花ッ花ッ」
「ん?」
慌てたように服を引っ張られ、振り向くといつのまにか姉が背後に立っていた。
いや、姉だけではない、珍しく花道が見上げないといけないほどの長身の男も一緒に・・・
ゆっくり、下から視線を上げていくとちょうど花道より10cmほど高い位置に男の顔はあった。
”おッ?”
どんな男なのかと品定めしようとした瞬間
「「・・・・」」
背中に電流が流れ、時が止まる。
絡み合った視線が解けない。
探していたパーツが見つかり、繋ぎあったように・・・・
だが、
「花?仙道さん?」
「あ・ああ」「ん」
穂花の声に、二人は電気を浴びたように視線を割り解くことが出来た。
「あのね花・・・」
「ねーちゃん、お茶運ぶからそこでいいだろ?」
立ったまま彼氏を紹介しようとする穂花に花道が待ったをいれる。
端から見て、穂花のためにそうしたように見えるが、実際は花道は震える手を穂花にだけは見られたくなかったのだ。
初めて会った人を見て、身体が震えるなんて花道は経験したことがない。
「どうすればいいんだ?」
今も尚、熱い視線が花道の身体を捕らえて放さない様に絡みつく。
これは決して気のせいではないはず。
その元へ視線を流せば、何時の間にか穂花が席を外し、独りになった仙道が花道を見つめていたのだ。
再び、身体の芯から、熱くなり・・・・・・・・震えが止まらない。
そうしてまた、外せない視線が絡まる。
その時、仙道の口が僅かに開き
『こっちにおいで』
そう、花道には読めた。
声もなく、普段どおりの話しかただろうに、花道にはそんな風に感じた。
支度の整ったお茶を冷静な振りをして運ぶ。
これは何にもない何にもないと、お呪いのように数回繰り返して。
「・・・どうぞ」
「ありがとう。花道くんだったね?」
「ええ、そうです。」
冷たそうになる口調に内心詫びながら花道は手を動かした。
その時
”ガチャッ!”
「えっ?何?」
いきなり仙道に手を掴まれ
あっという間に腕の中に閉じ込められてしまう花道
だが、偶然目に入ったフォトスタンドのおかげで、我に返ることが出来た。
姉妹二人ならんで微笑む姿
この人は姉の彼氏
数ヶ月ごには姉の夫、そして、花道の義兄になる男なのだ。
花道は力を込めて、仙道の胸をつっぱり、懸命に離れようと暴れる。
姉のだ
姉のなのだ
その意識が蕩けていきたくなる身体を押さえ、花道を支えた。
「は・離せッ離せッ!!」
「・・・だめだよ」
「え・・・・・・な・何言ってん・・・?」
”冗談も大概にシヤガレっ”と蹴りのひとつでも入れてやろうかと、仙道の顔をみれば、そこには、優しそうな表情など一つもなく、『色』を含んだ男の顔があったのだ。
姉がいるのに何て奴だと怒ろうとした花道だがそれに気がついたのか,仙道はニッコリ笑って
「俺達は出会ったんだよ」
「な・何ッ?」
そう言って仙道は暴れる花道を簡単に押さえ込み、熟れるような紅い唇に己のものを重ねていた。
ピチャ
代わる代わる方向を変え、繰り返される深い口付け。
無意識のうちに相手の全てを手に入れようとするように、口内を這いまわる活きたような互いの舌。
交わされる唾液すら愛しくて、零れ落とさず己のうちに互いが取りこんだ。
そうして、再び視線を絡ませる
花道は、濡れた瞳に映る仙道を見て思う・・・・
これが『恋』なのだろうか・・・・と
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